第74回選抜高校野球大会より その2

平成14年4月4日の記事(福井新聞より) 初回10安打8点 中谷こん身192球

【初回10安打8点 中谷こん身192球】
【評】福井商のスコアボードに掲げられた初回の「8」の数字が最後まで光り輝いた。両チーム合わせて34安打の乱打戦。終盤、猛然と襲いかかる明徳義塾打線に対し、福井商は全員が集中力を切らさずに逃げ切った。
福井商の初回の攻撃はとどまることがなかった。1番渡辺がいきなりの左中間二塁打。岡本卓の犠打見送りで渡辺が飛び出し刺殺。だが、岡本卓がミス返上の中前打で出塁し、斉藤の右越え二塁打で先制。赤土の左中間フェンス直撃の三塁打で2点目を挙げた。
さらに瀬崎らが6連続長短打と続き、相手の先発投手を早々とKO。稲垣の三塁打は、逆風で右翼手の前にポトリと落ちるなど、風も福井商に味方した。結局、打者12人の猛攻。大会最多タイ記録となる1イニング10本の長短打で8点を挙げた。
大量点を奪った打線は回を追っても勢いが止まらなかった。七回まで毎回、得点圏に走者を送り強豪に重圧を掛けた。五回の1点と、4点差に追い上げられた七回の主軸2人の連続二塁打で挙げた1点は、明徳義塾に傾きかけた流れを引き戻すものだった。
3試合連投のエース中谷は確かに疲れていた。だが、いつ爆発するか分からない相手打線に、球数を多くしてもコーナーを丁寧に投げ分け、五回まで無失点。序盤、抜群の制球力があったカーブで、ずらりと並ぶ左打者に連打を許さなかった。
七回からは、中谷の握力がなくなり痛打されたが、捕手・岡本広らバックが集中力を切らさず最後まで守りきった。

【北野尚文監督】
九回、中谷を送り出したときは、祈っていた。最後は運を点に任せた。追い上げられても逃げ切ろうという気持ちはなかった。目の前のプレーに集中しろと選手に言い聞かせた。準決勝は、選手とともに精いっぱい頑張りたい。

【玉村拓史主将】
明徳義塾は威圧感があり、中盤まで0点に抑えていたが、いつ反撃してくるか不安だった。中谷は気迫で投げてくれたと思う。準決勝は落ち着いて戦いたい。ここまで来たら優勝を狙うのみ。

平成14年4月4日の記事(福井新聞より) 渡辺利克

【渡辺利克】
明徳義塾の追い上げをかわし完投した中谷に抱きついて喜ぶ三塁手渡辺

平成14年4月4日の記事(福井新聞より) 岡本卓也

【岡本卓也】
1回裏福井商2死三塁、岡本卓がチーム1イニング10本目となる安打を中前に放つ

平成14年4月4日の記事(福井新聞より) 練習の虫 先制打

【練習の虫 先制打 斉藤実】
明徳義塾の先発は右サイドスローの湯浅。攻撃のカギを握るとみられていたレギュラー唯一の左打者、斉藤の初回の一撃が大量得点の誘い水となり、チームをベスト4に導いた。
一回裏、二塁打の渡辺が塁上で刺された後に岡本卓が中前打を放つちぐはぐな攻め。何となく嫌なムードだった。ここで打席に立った斉藤は「そのムードを振り払ってやる」と、湯浅の「真ん中のカーブ」を見逃さなかった。見事にジャストミート。痛烈な打球は右翼線を襲った。
この一振りは、チームに先取点をもたらしただけでなく、持ち前の炎の打線に火をつけた。続く赤土以下、ナインは怒とうの猛攻。終わってみれば大量8点のビッグイニングになった。「やりました」(斉藤)。スコアボードに光る「8」は、明徳義塾に重くのしかかった。
「いい子が育ったんだよ」。昨年5月、北野監督が言った。不振気味だった渡辺に代わり、春の北信越大会で斉藤はいきなり5番に抜てきされた。
表で見せるひょうきんな顔とは裏腹に”練習の虫”。毎晩、赤土とともに夜遅くまでバットを振る。今大会も「毎日300スイングはします」と消灯時間の午後10時まで素振り。赤土の2回戦の大暴れには「先を越されましたね」と内心穏やかでなかった。
「1戦1戦調子が上がっている」。七回にも好投手田辺の外寄りのカーブを逆らわず左翼線へ運んだ。「甲子園への近道」と思い福井商を選んだ斉藤も「ベスト4は信じられない」と笑う。「最後まで狙いますよ」と残り2試合に全神経を集中させている。

平成14年4月5日の記事(福井新聞より) 成長の春 福井商涙なし 明日があるさ夏がある

【成長の春 福井商涙なし 明日があるさ夏がある】
福井商は六回まで、優勝候補筆頭の報徳学園と互角に渡り合ったが、七回に猛攻を受け、力尽きた。準々決勝で大量点を奪った打線は、大会屈指の好投手・大谷に抑えられ、24年ぶりの決勝進出は果たせなかった。
三回に1点を先制された福井商は、五回まで大谷の伸びのある低めの速球の前に無安打。ようやく六回に岡本卓が三塁強襲安打で出塁し、斉藤の遊ゴロで二進。この好機に、4番赤土が内角の直球に詰まりながらも中前打。岡本卓が好走塁でホームに滑り込み同点とした。 さらに瀬崎の犠打で二死二塁の逆転機をつくったが、後続が凡退。準々決勝で爆発した打線が、これまでの試合と比べて球威が増した大谷から追加点を奪えず、勢いに乗れなかった。
明暗を分けたのは七回。連投の疲れを見せず、緩い変化球を巧みに使って報徳学園を3安打に抑えていたエース中谷がつかまった。先頭打者を四球で歩かせると打者一巡の猛攻を受け、一挙に6点を奪われた。ただ、松下の中前に上がったフライが風に押し流されてポトリと落ち、この回3、4点目を奪われた不運が悔やまれる。
試合時間は1時間36分。短時間で終わった試合は、引き締まった展開だったことを示している。安打数も報徳学園7に対し福井商6と、実力はほぼ均衡していた。

【北野尚文監督】
序盤で大量失点を覚悟していたが、中谷がよく投げてくれた。だが力の差は歴然としていた。大谷君を打ち負かすだけの打力がなかった。課題はたくさんある。まだまだレベルアップしないと。

【玉村拓史主将】
決勝に行きたいというより、報徳学園に勝ちたかった。気持ちでは負けていなかったが、最後に地力の差が出た。大谷君は評判通りの投手で、直球は手元で伸びがあり、ピッチングマシンのようだった。

平成14年4月5日の記事(福井新聞より) 背筋痛にも、弱気の虫にも、負けなかった

【成長の春 福井商涙なし 明日があるさ夏がある】
背筋の痛みに耐えながら4試合を戦い抜いた玉村主将。最終回、中前打で出塁し、稲垣の二ゴロで併殺を阻止しようと二塁ベースに果敢に滑り込んだ。「(打者走者の)稲垣を生かしたかった」。最後の最後まで、心の”炎”を燃やし続けた。
昨秋に背筋を痛め、大会直前の先月20日、練習中に再発。このため大会期間中は、試合以外はコルセットを巻いた。「ドクターストップがかかりそうだから」と病院にも行かなかった。
痛みは準々決勝の明徳義塾戦がピーク。三回一死一塁の守りで、投ゴロの併殺コース。二塁ベースで送球を受け、一塁方向に振り向いた瞬間、激痛が走った。痛さで送球できなかった。この日も準決勝でも七回、二塁走者の時に2球続けてけん制球を投げられた。逆方向の動きで苦しかった。
「度胸」。帽子のつばの裏にはこう書いてある。「昨秋、エラーを連発した。弱気の虫がでないように」という思いを込めた。今大会、4試合で失策は1。打撃も13打数5安打1打点と、いぶし銀の働き。北野監督も「一回りおおきくなったかな」と目を細める。
野球に対するまじめな姿勢が評価され主将に選ばれた。伊藤前主将から「苦しいときにナインから『励ましが効いた』といわれるようになれ」とバトンを渡された。
兄・光宏さん(20)も福井商OB。3年前センバツに出場したが、右ひじ骨折でグラウンドに立つことができなかった。その兄からは2回戦の前に励ましを受けた。
試合後「自分もチームも大きく成長した」と口にした。その顔には主将の重責を果たした充実感が広がっていた。